2006年 12月 03日
レイキン日記/11月前半編
ちーっす!11月前半の日記です。ちなみに日記に書かれていない部分では、仕事や雑務をしているんだよ。毎日遊んで暮らしてる訳ではないよ。でも遊んでるみたいなもんか。

11月xx日
子供の頃からお世話になってる詩人の工藤直子さんの72歳(だっけ?)の誕生日パーティーライブに行く。ここ4年くらい習っている(戯れている)バイオリンを自作の曲で発表し、仲間たちや先生の斉藤ネコさんと演奏したり、新沢さんやケロポンズのゆうこちゃんら豪華ゲストに演奏してもらったり、そして最後は工藤さん独壇場である詩の朗読などとにかく盛りだくさんの誕生日会だった。親しみやすいどら猫的なチャーミングさと勢いのあるトークで笑わせ、かつ詩の世界を語る時や詩を通してであった人々との心温まるエピソードでは思わず「泣きヒモ」がひっぱられる。緩急自在の名人芸(?)に毎度「直ちゃん、うめえな〜!」と膝を打ってしまう。たしか工藤さんは卓球もここ4年やっており、ハープとピアノもやってるし、でも本業の詩や本ももちろんバリバリ書いて、講演会もよくやってる。いったいどこからそんなにバイタリティーがでてくるのか不思議だが、70歳になってもこうなら私も安心して70歳になれるというものです。

私が一人暮らしを始めて以降はあまりチャンスがないが前はよく美味しいものたくさん食べさせてもらった。工藤さんは会社に入りたての若い頃、上司に「若いうちにいっぱい美味しいものを食べとけ」と美味しいものをごちそうしてもらったらしい。そして時が経ち、今は私たち若いものらにも美味しいものをごちそうしてくれる。なにか直ちゃんに恩返したいと常々思うが「それは、レーコがいつか大物になったときに、『コンニチがあるのはクドーさんのおかげです』って言ってくれればオッケーよ」という返事が毎度返ってくる。なのでいつか私がそんな発言をしたとき多くの人に影響を及ぼせるくらいまで、自分のやるべきことを突き詰めて、景色がよくみえるような高い山を昇って行きたいな、と工藤さんの言葉をありがたく噛み締めるのです。そして若者たちに美味しいものをおごってあげられるようになろう。

それと、工藤さんは両親の仲良しなので、それに預かって私もその恩恵を受けてる訳です。工藤さんは時に「レーコ、君がこうやって我々とご飯を食べることができるのは私と君の両親が友達だからなのだよ。」と言う。これは「両親に感謝せよ」という意味とともに暗に「こちらの長い付き合いのある大人の世界と君は違うのだ」という線引き的な意味も含まれていると私は察する。私に「けしてボーダーを平気で越えてくるような図々しい人間になってくれるな」と言う大事なことを言ってる様にさえ感じる。こんな風に言ってくれるから私は工藤さんがすごく好きだ。
現在のたくさんのわたしにとって重要な人達と工藤さんを介して出会わせてもらったし、「昼から酒を飲むと美味しいのね」という事も工藤さんから学んだ。就職した時には「『悪女』(ってかいてワルと読むあのマンガね)絶対読め」と言われて一晩で全37巻をマンガ喫茶で読んだりした。私の知らない言葉をたくさん使っては「エー、知らないの〜」とにやり。これがあるから私は物を調べたり、負けない様に知ろうと背伸びをする事ができたんじゃあるまいか。「リーダーフレンドリー」じゃなくて「良いイジワル」で人間をのばしてくれるタイプの人。他では最近あまり見ないなあ。工藤さんは私にとって真の意味で人生の先輩と思う。だから長生きしていつまでもぶいぶい行ってるところを私たちに見せつけてください。そんでまたおいしいものを食べさせてください。

11月xx日
Kiiiiiii会議。Kiiiiiiiちゃん+新しいスタッフのゴスロリ娘(しかしまだゴスロリではなく今日はポンチョを着ていた)の3人会議!今日はまず吉祥寺に集まり、みんなでランチをしておしゃべり(いいだろう、会議と言う名のもとに…)。その後u.tの実家に行き、「海外のKiiiiiii支援者を見つけるべく多方面にDVDのサンプルを送ってKiiiiiiiを知ってもらおうの会」を行いました。が、しかし、私がバイオグラフィーやプレスキットの紙を忘れた、とか、もろもろあって作業はいまいち進まぬまま日は西へ傾く。家を出て近くの喫茶店でレモンパイとかショートケーキとかモンブランとか食べて(なぜ?)そのあと毎年恒例の花園神社の酉の市へ。毎年最後の「三の酉」に行ってたんだけど今年は最初の「一の酉」なので寒くない。

前マネージャーのサッサやu.tの妹等総勢10人とアルタ前で待ち合わせ、神社へ向かい去年と同じお店で熊手を買いみんなで手を打つ。ファテライト(Kiiiiiiiが以前やっていたラジオ)のディレクターのスギヤマさん&サッサも熊手購入に献金してくれた。今迄の苦労を共にしてきた2人の心遣いに感謝。いやはや本当に色々あったね〜…。そして境内に上がって少ない賽銭を投げ込み、賽銭以上と思われる長くて壮大なお願い事をした。

11月xx日
「BOYCOTT RHYTHM MACHINE II~VERSUS~」という『異なるジャンルのアーチスト(ミュージシャン)同士がリハも打ち合わせも無しにその日初めて出会い一体何ができるか?』というコンセプトで対決するドキュメント&インタビュー&対決のDVDがあるのですが、この真剣勝負大会はかなり面白い。そんでその各々の対決のひとつひとつをディレクターズカットで日ごとに違うプログラムで上映、という「BOYCOTT RHYTHM MACHINE II〜in Lonesome nation」を渋谷のアップリンクに見に行く。こちらの監督はKiiiiiiiのDVD「GOLD & SILVER」でもおなじみI was a barellinaの夏目監督です。私が見に行った「断章7」は、DVDの中で最も興味をひかれた、ドラマーの外山明さんとSHUREN THE FIREの対決のロングバージョン。SHURENくんもかっこいいんだけど、何しろ何しろ外山さんがかっこいい。見てて(聞いてて)飽きないあのドラム。「俺はいつも(ドラム)やりたいばっかりだから(まだまだやれる)」って終わった後さらっと言ってた。対決を終えてSHURENくんが「俺はもっとできたんじゃないかな〜と思ったんだけど、外山さんは『全部なにもかも良かった』っていってて…凄かった」と言っており、どっちも正直でどっちも面白い。

トークショーのテーマはアフリカの音楽。西アフリカ音楽の研究をしている教授(名前失念)の話が印象的だった。
「僕は大学で教えてるのですが、学生から『先生、どうやったらかわいそうな貧しいアフリカの人達を救えるのでしょうか?』という質問を受けるんだけど、アフリカ人をかわいそうだと思うおまえらがかわいそうだっつーの!と言いたい。確かに経済的には豊かではないけれど、アフリカの人達の心は豊かだし、アフリカの子供たちは『今ここで歌ってごらん、踊ってごらん』と言ったらみんなやりますよ。日本でそんな事言ったらみんな恥ずかしがってナンにもできないでしょ?アフリカの人達はたくさんのリズムのパターンを知ってるんです。そんな彼らに対して『かわいそう』なんて言ってる人達なんか絶対救ったりできない。むしろ我々日本人が救われるべきだ」


11月xx日
施設のバン屋のパンがべらぼうにうまい。ただ気をつけないと大きさが物凄く違うので非常に小さいパンとかもある。私は「クロワッサンザマンド」と言う食い物が甚だしく好きなのです。基本的「アーモンドクリーム」なるものがパンにかかってるこんがり焼かれてる状態が大好きです。
夕方烏山にu.tと集合し、行きつけの店「ケニヤン」にて名物の甘いアイスミルクティーを飲みながらKiiiiiiiの事務的活動。向かい合ってずっと2人で海外向けの手紙などを書いていると、まるでテスト勉強等してるようで楽しい。腹が減って手が鈍ってきたのでシーフードドリアをふたりで半分こする。u.tは小エビが嫌いだが私は好物なのでエビ争奪戦も起きまへん。我々はつとに好みがかち合わないので、お互いの事を「ほお〜、珍しい人がいるものだ…」と認めあいつつ上手く行ってます。
夜には横浜の展示のために絵を描き始める。

11月xx日
ユザワヤで額縁と画材を大量に買う。絵を描く。前にSOIの木村くんに借りたKilling time(斉藤ネコさんのバンド)の「Irine」を聞いてたら描きたい絵が泉のように湧いて出てきた。高いふりかけを買ったらやっぱりうまかった。

11月xx日
ユザワヤに注文したマット(額の中にあるもう一枚の額みたいな奴。説明むずかし〜な〜)を取りにまた行く。良い絵を継続して描くのはむずかしい。Crazy little things called 「絵」だね。QUEENのDVDを何周も何周もみながら描く。ちなみにgrafに展示したフェルトを制作してるときもこのようにDVDをとっかえひっかえローテで見た。特典映像も見る。「RADIO GA GA」聞くとはかどる。
キリンジが雑誌のインタビューで「みそ汁にひき肉をちょっと入れるのが好きなんです」と言ってたのがうまそうだったので、やってみたら非常にうまかった。味噌と肉はあうね〜。

11月xx日
絵を描いてるぜ、BARI BARI!しもんくんとふたりでの展示なのでふたりとも追いつめられて描きまくっている。QUEEN以外にもはかどる音楽はないかとさがしたところ探し当てたのはEuropeの「Final countdown」。なんでだろう?なんでこんなださい曲を聞かないと私は絵が描けないの?と思いながら40回くらい「Final countdown」のみ聞き続ける。いい調子だ。「Final countdown」というタイトルの絵迄できる。ちなみにRainbowの「I surrender」でもわりと筆が進む。いずれにせよ猛烈にださい。

11月xx日
いつのまにかもう搬入の前日だ。おまけにわたし誕生日だ。もうずっと絵ばかり描いてる絵人間夫婦。ケーキもディナーもなく、ふと我に返った23時頃「てんや」に行き2人でホットなお茶で乾杯。豪華に食べようと牡蠣天丼食べたらひどく胃にもたれ、家に帰り胃薬を飲む。明らかに年齢を重ねている事をあんまり嬉しくない状態で実感。そしてそのまま眠らないで、あああ搬入だ。

11月xx日
搬入。車を借りにまず実家へ。寝てない我らを見るに見かねて母親が運転をかって出て横浜まで送ってくれる…。ひー!ごめんなさい〜!そして二時間遅刻で横浜ベイクウォーターに到着。アシスタントキュレーターの橋本さん、ホンッッ(中略)ッッッッットにすいません!

今回の展示はギャラリーではなく、通路の壁にボックス状の窓があって、その中に絵を展示します。この通路、トイレの前の通りでちと地味。おまけにやたら風通しが良くて寒い。
3Fと4Fの半分までが私で、4F半分と5Fがシモンくんの展示スペース。私は絵の他に、実家から急遽かき集めた美術とは縁遠いような「珍奇ですてきなサムシングたち」も絵と一緒に飾り付ける。こんな風に飾るのは初めてだけど、ずっとこんな風にやってみたかったんだなあ、と展示したあとに思った。

シモンくんはさっさと搬入を終えたのに、私は飾り付けの具合を検討しまくって時間がノービノビになる。おまけに忘れ物もいっぱーい…。しかし橋本さんはほんとによく気の付く賢明な男子(年下)で、私の忘れん坊でお調子者な行動をすべてお見通しされており、「そうだと思って用意しておきましたよ…」的にいろんなセーフティーを先回りして用意されておられました。しかも、呆れながらも許してもらえてる感があり(注:私の独断)ありがたいこってす…。
途中キュレーターのP3芹沢さんも登場。芹沢さんの声はなんともなめらかで暖かい良い声(注:私の独断)なので、声の音色(声色?)に聞き惚れてしまう。それゆえ内容がややお留守になる。今日も聞けて良かった。
橋本さんが連れてきてくれたバイトの2人のお手伝いもあってなんとか搬入終了、みんなで鹿児島ラーメンを食べるが、何日もろくに寝てないので食べながら寝てしまう。横浜を出る時にはもう22時過ぎだった。実家に車で帰る。
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by Kiiiiiii2 | 2006-12-03 03:13 | Lakin'


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